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京都地方裁判所 昭和60年(ワ)1524号 判決

原告

ケイマートチェーン協同株式会社

右代表者代表取締役

高田宏

原告訴訟代理人弁護士

置田文夫

右同

前田進

右同

桑嶋一

被告

田中同万

被告

有限会社ショップニシノ

右代表者代表取締役

中山貴博

被告

エンショップニシノこと

田中勝美

被告三名訴訟代理人弁護士

田中壽秋

主文

一  被告田中同万及び同有限会社ショップニシノは、各自原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡し、かつ、昭和五九年八月九日から昭和六一年一月二八日まで一か月一七万〇六〇〇円の、昭和六一年一月二九日から右明渡済みまで一か月一七万二五〇〇円の各割合による金員を支払え。

二  被告田中勝美は、原告に対し、右建物のうち二階事務所(別紙見取図斜線部分)を明渡し、かつ、昭和五九年八月九日から右明渡済みまで一か月二万円の割合による金員を支払え。

三  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

五  この判決の第一、二項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡し、かつ、被告らは各自原告に対し、昭和五九年八月九日から右明渡済に至るまで一か月三〇万円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  請求原因

一  原告は昭和五九年八月九日以降別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)を所有している。

二  被告らは右年月日以降本件建物を占有している。

三  本件建物の昭和五九年八月九日以降の賃料相当損害金は一か月当り三〇万円である。

四  よつて、原告は被告らに対し本件建物の明渡と昭和五九年八月九日から右明渡済みに至るまで一か月三〇万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

五  仮に訴外中山敬介(以下中山という)が被告ら後記主張のごとき留置権を有していたとしても、(右留置権は後記のように昭和六一年一月二九日原告の消滅請求の意思表示により消滅したのであるが)、留置権者は本件建物の使用により生ずる利得までも保持する権限を有するものではなく、利得をなすべき法律上の原因を有しない。したがつて、被告らは、昭和五九年八月九日から昭和六一年一月二九日までの間本件建物を使用して賃料相当額を法律上の原因なくして不当利得したことになるから、原告は、被告らに対し、右不当利得の返還を請求するとともに、右期間の後は不法行為を理由として賃料相当損害金の支払を求める。

第三  請求原因に対する認否

一  請求原因一項の事実は認める。

二  被告田中同万、同有限会社ショップニシノは請求原因二項の事実を認める。被告田中勝美は、昭和五九年八月九日以降本件建物のうち二階事務所部分を占有していることは認めるが、その余の部分の占有はしていない。

三  請求原因三、四項の事実及び主張は争う。

第四  抗弁

一  被告田中同万は昭和五七年一二月一五日、本件建物外二戸の建物を当時の所有者である中山から敷金一五〇〇万円、賃料一か月四万円の約定で賃借した。さらに被告有限会社ショップ・ニシノは、同日、被告田中同万より本件建物外二戸の建物を敷金一五〇〇万円、賃料一か月六万円の約定で賃借したものである。被告田中勝美は昭和五八年三月、中山の承諾を得て被告有限会社ショップ・ニシノから本件建物のうち二階事務所部分(以下本件事務所という)を無償で賃借しているものである。

二  中山は本件建物を所有していた間の昭和五七年一二月及び昭和五八年六月三〇日、本件建物の修繕、改造、増築費用として合計一九四六万九五〇〇円の費用を出捐しており、これら費用は民法三九一条の必要費又は有益費として原告に対して費用償還請求しうるものである。中山は原告から右費用の償還あるまで留置権を行使して本件建物の引渡を拒みうるものである。

三  よつて、被告らは、、中山の右留置権にもとづいて本件建物を民法二九八条二項但書にいう保存行為として占有しているものであり、被告らは右留置権の主張援用ができ、原告の請求には応じられない。

第五  抗弁に対する認否

一  抗弁一項の事実は不知。

二  同二項の事実は不知、主張は争う。

三  同三項の事実は否認、主張は争う。即ち、仮に中山が被告ら主張のごとき留置権を有しているとしても、原告の被告らに対する本件建物明渡請求に対する被告ら自身の抗弁として、被告らが右留置権を主張援用できるいわれはなく(留置権は単に物を留置できるというにとどまり、使用もしくは賃貸できないものである)、被告らの主張は失当である。

第六  再抗弁

仮に、中山が被告ら主張のごとき留置権を有しているとしても、中山は原告の承諾なくして本件建物を食料品等販売店舗等に使用し、もしくは、被告らに貸借または使用貸借しており、右は民法二九八条二項に違反するものであるから、原告は中山に対し同条三項にもとづき、昭和六一年一月二九日、右留置権の消滅請求の意思表示をなした。よつて中山の留置権は消滅した。

第七  再抗弁に対する認否

再抗弁の事実は否認し、主張は争う。即ち、本件建物の前所有者の中山は、原告が本件建物の所有権を取得する以前から、被告らに対し本件建物を賃貸又は使用貸していたのであるから、原告が本件建物の所有権を取得した後も被告らに対し本件建物を賃貸又は使用貸していることは、保存行為であり、民法二九八条二項に違反しない。したがつて、原告主張の留置権消滅請求の意思表示は効力がない。

第八  証拠〈省略〉

理由

一1  原告が昭和五九年八月九日以降本件建物を所有していることは、当事者間に争いがない。

2  被告田中同万及び同有限会社ショップニシノが右年月日以降本件建物を占有していることは、当事者間に争いがない。

被告田中勝美が右建物のうち二階の本件事務所を占有していることは当事者間に争いがなく、同被告が右占有部分を除くその余の建物部分をも占有していることを認めるに足る証拠はない。

3  〈認拠〉によれば、本件建物の賃料相当額は、昭和五九年八月九日から昭和六一年一月二八日までの間は一か月当り一七万〇六〇〇円、昭和六一年一月二九日以降は一か月当り一七万二五〇〇円であり、本件建物のうち二階の本件事務所の賃料相当額は昭和五九年八月九日以降一か月当り二万円であることが認められ、これを覆すに足る証拠はない。

二そこで抗弁のうちまず中山の留置権の成否の検討をするに、

1  〈証拠〉によれば次の事実が認められる。即ち、

本件建物には、昭和四六年七月七日付をもつて、原因同年六月一八日設定契約、債務者北村キヨ子、根抵当権者京都信用保証協会とする根抵当権が設定され、その旨登記手続が経由されていたが、中山は、昭和五七年一一月二二日、右北村から同月一七日代物弁済を原因として本件建物の所有権を取得した。そして中山は、同年一二月一五日、本件建物を被告田中同万に賃貸し、同被告は同日これを更に被告有限会社ショップニシノに転貸(賃貸)した。その後右被告会社は、昭和五八年三月、本件建物の二階の本件事務所を被告田中勝美に転貸(使用貸)した。前記京都信用保証協会は、同年七月二八日中山到達の内容証明郵便でもつて、中山に対し民法三八一条による根抵当権実行通知をしたうえ、同年九月七日、前記根抵当権に基づき本件建物の競売を申立て、同月一四日競売開始決定があり、同月一六日差押の登記手続が経由された。そして同年一〇月一三日には、配当要求の終期を同年一二月一三日とする公告がなされたが、中山は、この間競売裁判所に対し民法三九一条の費用の優先償還請求をしなかつた。他方、評価人不動産鑑定士西尾嘉高は、同年一〇月一日実地調査をし、昭和五九年二月一〇日を評価日とし、本件建物の増築部分を含めて本件建物をその敷地とともに(被告らの短期賃貸借及び使用貸借があるものとして)一括競売するのであれば、敷地は一一六五万五〇〇〇円、本件建物は三〇八万三〇〇〇円右合計一四七三万八〇〇〇円が適正であると評価した。そして競売裁判所は、同年五月二四日、右評価額に基づいて、右土地建物を最低売却価額一四七四万円で一括売却することと定め、期間入札を実施した結果、同年七月一三日、原告に対し右土地建物を一括して一六七四万円で売却することを許可する決定がなされ、原告は同年八月九日代金納付を済ませ、これにより本件建物の所有権が中山から原告に移転した。(なお、中山自身も右入札に参加したが、入札額が一四八八万八八〇〇円と(原告のそれより)低額であつたため、競落するに至らなかつた)。そして同年九月二六日の配当期日において配当が実施されたが、中山は、前記のように競売裁判所に対し費用の優先償還請求をしていなかつたため、配当金は手続費用を控除してすべて抵当権者に対し配当された。その後原告は、同年一〇月一二日、中山らを相手方として当庁に対し不動産引渡命令の申立をし、同年三〇日右命令が出され、これに中山が抗告をしたが、大阪高等裁判所は昭和六〇年五月一三日右抗告を棄却する決定をした。

以上の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

2(一)  ところで、被告らは、中山が本件建物の所有権を取得した直後の昭和五七年一二月及びその後の昭和五八年六月三〇日の二回にわたり本件建物を修繕、改造、増築し、合計一九四六万九五〇〇円の必要費及び有益費を支出したので、中山は民法三九一条により原告に対し右費用の償還請求権を有すると主張するところ、右金額は前認定の本件建物の評価額(三〇八万三〇〇〇円)に照らすと極めて過大な主張であると考えられるが、この点の事実認定を留保し、仮に中山において右金額どおりの必要費、有益費を本件建物に対し支出した事実があるとしても、中山は原告に対し右費用の償還請求権を有しないと解するのが相当である。蓋し、根抵当権設定登記後の第三取得者は、抵当不動産に対し必要費、有益費を支出したときは、右費用が不動産の価値の維持増加のために支出された一種の共益費であるが故に、競落代金の中から優先償還を受けることができる(民法三九一条)ところ、右優先償還請求権は、何人かに対して費用の償還を請求するという債権としての性質を有するわけではないから、競売手続上右権利を主張する機会を失するときは最早消滅を余儀なくされるというべきだからである。

(二)  なお、前記民法三九一条による優先償還請求権は、一種の不当利得法によつて支えられている実質的な権利であるから、被告らにおいて中山が原告に対して右優先償還請求権を有すると主張することの中には、中山が原告に対して一般の不当利得返還請求権を有する旨の主張を含んでいると解しえないでもないので、以下検討するに、被告ら主張にかかる中山の必要費、有益費の支出時点(昭和五七年一二月及び昭和五八年六月三〇日)は、前認定のように評価人による本件建物等の評価時点(昭和五九年二月一〇日)よりも前であり、評価人は右費用の支出によつて価値の維持増加された状態において本件建物を評価し、その評価に基づいて最低売却価額が決定され、かつ原告の競落するところとなつたのであるから、原告においては、代金納付によつて既に、中山の費用支出による抵当物件の価値の維持増加部分に対する出捐を済ましているというべく、原告には中山の損失に因つて利得を受けた事実がない。したがつて中山の原告に対する不当利得返還請求権を存在しない。

3  ついでながら付言するに、抵当不動産の第三取得者が、民法三九一条に基づく優先償還請求権を有しているにもかかわらず、抵当不動産の競売代金が抵当権者に交付されたため優先償還を受けられなかつたときは、右第三取得者は、抵当権者に対し不当利得返還請求権を有するわけであるが、右請求権保全のために抵当不動産を留置することはできないものと解する。蓋し、抵当不動産の第三取得者は、代金納付によつて抵当不動産の所有権を喪失し、以後の抵当不動産の占有は、競落人(新所有者)に対しては権原のないいわゆる不法占有となる。他方、右第三取得者の前記不当利得返還請求権は、配当の実施によつて発生するわけであるが、それは第三取得者の抵当不動産に対する占有が不法占有に転化した後のことであり、したがつて、右のような場合に不当利得返還請求権を保全するための(抵当不動産に対する)留置権は発生しないと考えられるからである。そうしてみると、本件訴訟においても、仮に中山に(配当を受けた抵当権者に対する)不当利得返還請求権があつたとしても、中山がこれに基づいて本件建物を留置することは許されないものといわなければならない。

三よつて、中山に本件建物の留置権は成立しないから、その余の事実について判断するまでもなく、被告らの抗弁は理由がなく、原告の被告らに対する本訴請求は、主文一、二項記載の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官重吉孝一郎)

別紙物件目録

(一棟の建物の表示)

京都市山科区西野櫃川町七二番地三〇・七二番地三四・七二番地三五・七二番地三六・七二番地三七

木造瓦・亜鉛メッキ鋼板葺二階建

床面積 一階 二八五・七九m2

二階 二四七・九四m2

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 櫃川町七二番の三〇

木造瓦・亜鉛メッキ鋼板葺二階建 店舗兼居宅

床面積 一階 七六・二二m2

二階 七五・三〇m2

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